私は、毎日の歩数を記録していて、1万歩を目標にしています。スマホでもウォーキングに関するものについてチェックしていたりするので、ウォーキングに関する記事がよく配信されるようになっています。そうすると、「1日何歩、歩くのが正しいのか?」といった内容のものもよく目にするようになっています。「1万歩」というのは、少し前に言われていたことなので、「1万歩歩く必要があるのか?」ということが話題になっているようです。確かに「1万歩」歩くには、ちょっと時間も必要ですし、仕事がまだ現役中なら難しいかも知れません。記事の内容を読むと「〇〇大の研究によると、1日、何歩、歩いたかどうかでグループ分け(このグループが〇歩-△歩、〇歩、〇歩+□歩だったりする)され、その後の追跡調査で病気(例えば成人病だったり認知症だったり)のリスクが〇歩で〇%減少したが、〇歩+□歩歩いてもリスクの減少はあまり見られなかったので、〇歩以上歩くことにはあまり意味がないと結論づけていたりします。似たような記事をよく見るので、(おそらく)体の健康というか病気のリスクを下げるという意味からすると「1万歩」にはあまり意味がないのかも知れません。
こうした研究は「病気のリスクを下げるのは何歩くらいか」の研究をしている訳で、病気のリスクを下げたいと思っている人には有効な情報なのでしょう。しかし、ウォーキングの目的は、病気のリスクを下げるため(もあると思いますが)だけでなく、毎日の気持ちの張りだったり、目標の達成だったり、体だけでなく心理的な要素も多く含まれていると思います。心理的な要素を多く感じている人にとっては、前述のようなデータはあまり意味を持ちません。しかも、研究結果の数字というのは、あくまで平均値であり、平均値というのは(例で言うと、〇歩以上歩いてもリスクが下がらなかった人もいるし、〇歩以下でもリスクが下がった人もいて、多くの人は(平均すると)〇歩以上歩いてもリスクにあまり変化はなかったですよということなので)自分にその結果があてはまるのかどうかは結局は分からないのです(多くの人は、自分は平均的な人だと思っているでしょうが)。
結局、研究結果や数字に頼るというよりは、自分がその行動(今の場合はウォーキング)で何を大切にしようとしているかによって目標を定めた方が体にも心にも良いような気がします。
研究結果や数字に踊らされると、自分の判断基準より外部からの情報が大切になってしまい、どうして自分がその行動をしているのか分からなくなってしまうことになりかねません。 社会で発信される情報のうち、どんな情報が自分にとって大切で、どんな情報を取り入れるか、その基準は自分にあると思うので、自分が何を求めているのかを(そんなに真剣でなくても)探っていく努力というのはいくつになっても必要だなあと感じています。
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