前々回と前回、児童養護施設で知的に課題があるお子さんを課題がないお子さんと同じように支援した場合、どのような状態になるかについて書いてきました。
前々回では、施設や学校で課題となる言動が出てきた時、児相担当者はその後の子どもの生活を考えた時、『子どもの意思の尊重』ということを考えなければいけないことを書き、前回は、子どもの自己肯定感が下がることと自分の未来が信じられなくなることについて書きました。
今回は、お子さんを支援する時の注意点について、前々回と前回の話を踏まえながら書いていきたいと思います。
まず、自己肯定感が下がることと未来を信じられなくなることについてですが、こうした状態になってしまうのは、周囲との比較とか学習や生活上の失敗経験が重なってしまうことから起こることが多いものです。
私がなるべく早く知的障害児への支援を視野に入れた方が良いと思うのは、知的に課題がないお子さんとの比較では、どうしてもできないことが目立ってしまうので、子どもにとっての比較対象を同じようなお子さんにすることが大切だと思うし、失敗経験も緩和される可能性が高いと思うからです。
そして、前々回の『子どもの意思の尊重』に関してですが、ある程度年齢が高くなってから知的障害児への支援を子どもに勧めようとすると、周りと同じでありたい気持ちが強くなり、子ども自身が拒否してしまう可能性が高くなるからです。
『子どもの意思の尊重』ということは、前々回でも触れたように理念としては当たり前に大切にしなければいけないことだと思いますが、子どもにできるだけ十分な情報を伝えることとその情報が自分にとってどのような意味を持つのかを理解した上で、意思を表明できることが大切だと思います。
今回のテーマに即して言うと、知的障害児支援のことを言葉だけで説明しても、子どもには理解しにくいし、実感もわかないでしょうから、可能なら支援級や特別支援学校の体験、それは単に見学だけというより、可能ならばですが、実際に通っているお子さんとの交流できるような体験入級のようなことができるととても良いと思います。
子どもが知的障害児への支援を受け入れることができるようになるためには、『自分は人の助けが必要である』と認めていることと、『人の助けを借りることは恥ずかしいことではない』と感じていることが必要だと私は思っています。ただ、このことは、体験をしてみないとなかなか分かりにくいものだと思うので、体験入所のようなことをすることが大切だと思います。
同時に知的障害への支援について療育手帳制度を説明していくと分かりやすいのではないかと思います。
そうした情報を、単に言葉や資料だけで説明されるのではなく、実際に体験して、自分にとってどのような意味を持つのか感じることが大切だと思います。その上で、周囲が『子どもの意思の尊重』という理念に基づいて、子どもの意思確認をすることが重要だと思います。
ただ、周りの対応として難しいと感じるのは、年齢が小さい時だと、学校や施設で何とか過ごせているのなら、あまり環境を変えないでおこうと周りも考えてしまう傾向があることです。その選択をすると、学校でついていけなくなっていることが明確になり始めても、子どもが頑張れば何とかついていけるのではないかと頑張らせる(背伸びさせる)方向で大人が動いてしまうことがあるので注意が必要かなあと思います。
施設職員は、子どもと生活を共にしていて距離が近いので、何とか頑張らせてあげたいと思ってしまうのも無理もないかなあと思います。その意味では、客観的な立場である児相の担当者(これはワーカーだけでなく心理も含めて)が、子どもの将来を見据えながら、早めに子どもへの支援を検討していくことが大切だと思います。
これまで書いてきた支援級や特別支援学校の体験は、児相職員が調整しないとなかなか実現できません。また、それは何のために行うのかも理解していなければ、施設の職員さんや教育の先生達に対しての説明ができません。また、体験を行ってからの子どもの意思確認も児相職員が行う必要があると思います。
そこまでやってみて本人の意思が変わらなければ、それは子どもの意思を尊重した関わりをしていく必要があると思いますが、いずれにせよ、何もしないで子どもが落ち着かなくなってから動くのではなく、その時々の子どもを取り巻く環境を考慮し、先を見越した支援が大切だと思います。 以上、児童養護施設に入所中で知的に課題がありそうなお子さんに対する支援について私なりの考え方を書きました。
コメント