久しぶりに朝ドラからの話題です。今の朝ドラは、橋本環奈さんが主役の「おむすび」というドラマです。始まって結構経っていますが、ギャル魂で栄養士を目指すという話です。ただ、「ギャル魂」というのが私的にはしっくりこなくてストーリーに入り込めないでいるのですが、物語の中で主役が結婚して妊娠し、つわりがひどいのに無理して入院し、そこで管理栄養士(藤原紀香さんでしたが)に出会い、食事が取れるようになる経験をし、出産後の赤ちゃんの定期健診で再会し、藤原紀香さんが管理栄養士になる経過について話を聞きます。その中で、おいしいものを食べている時は、悲しいことも忘れられると祖母から教わったことが本当であることを実感し、藤原紀香さんのような管理栄養士になりたいとの決意に至ります。
その決意を夫に話す時、自分は「困っている人がいると助けてしまう」という自分の性格を「育った家族の呪い」(物語の中では米田(よねだ)家の呪い)として捉えていたけれど、管理栄養士を目指して人を助けることが、私のやりたいことだと宣言し夫の許可を求めます。夫は、もちろん許可するのですが、それはともかく、「育った家族の呪い」というのは、家族の価値観に縛られて「〇〇しなければならない」と感じていたことを、色んな経験を経て、これが私のやりたいことだと自分の中で捉え直して、その価値観を「引き受ける」ことだと感じましたし、これは思春期から大人になっていく過程で起こることだろうなあとも感じました。
この「引き受ける」という感覚は、親が持っていた価値観(その中で子どもは育つ訳ですが)を自分が改めて主体的に検討し直した上で選択するというプロセスなのだと思います。親の価値観をすべて引き継ぐ必要はないと思いますが、自分にとって大切な価値観とはどんなものなのかを、再認識して「引き受ける」ことで、以後の自分の進む道を選択していくという、(年齢とは関係なく)子どもから大人になっていくものなのだろうと思います。もちろん、親の価値観だけでなく、大人になるまでに出会ってきた人・本・芸術・スポーツなど、その人にとって大切な様々な価値観も影響することは言うまでもないですが。
この「引き受ける」というプロセスがあって、自分が選択したことなのだからと「責任を持つ」という感覚も生まれるような気がします。家庭の中で親から、仕事上では上司等から、「やらされている」という感覚のうちは、それが達成できた時には、親や上司等など他者から認められないと「達成感」は生まれにくいですが、「引き受けて」からは、自分で自分を認めることができるようになり、自分なりの「達成感」あるいは「まだまだ不十分」という感覚になれるのだと思います。
とまあ、久しぶりに朝ドラを見て考えた時間でした。
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