この言葉は、今の朝ドラ「おむすび」で、濱田マリが演じている管理栄養士の課長が主人公である橋本環奈(米田結)に向けて話した言葉です。
この時のエピソードは、主人公が受け持ちの患者の膵臓の腫瘍(だったかな?)を見落としたことで、糖尿病だったかについては退院できたが、帰宅してすぐに緊急入院となり摘出手術をして手術は成功するものの、その後、患者の家族からもう担当して欲しくないと言われ、自分が担当した患者なのに膵臓の腫瘍を見落としたことで落ち込んで担当を外れた方がよいかと課長に話した時に返された言葉です。主人公はこうも言います。「私は経験もまだまだだし、知識も足りない。」と。
課長である濱田マリは、その言葉に対して「経験が足りないのであれば、経験を積めばいいし、知識が足りないのなら勉強すればよい。」加えて(正確ではないですが)「私たち(医療従事者)は、患者さんの命を預かっている。同じような症状がある患者さんでも1人として同じことはない。ある患者さんと同じだからと他の人に当てはめることはできない。だから仕事に慣れてはいけない。」と。
『仕事に慣れること』そのものはどんな仕事でも大切なことだと思いますが、経験を積んでいくと、過去にあった同じような場面に出会うことが増えてきます。すると、(ここでは)医学的な症状が同じでも過去の経験と同じ対応が正しいかどうかは分からないから、目の前の人を新たな目で見ていくことの大切さを言っているのでしょう。『仕事に慣れること』がダメと言うより、『仕事に慣れ過ぎること』に注意する必要があるということだと思います。
私のフィールドであった児童福祉の世界でも同じことは言えると思います。初めて子どもと面接する時は、とても緊張したことを覚えていますし、その子と面接することだけで精一杯で、(不登校が主訴のお子さんでしたが)背景にどんなことがあるのかを考えるような余裕は全くありませんでした。でも、だんだん慣れてくると、不登校の背景には(当時は)父親の存在が薄いことが多いとか、夫婦間でのトラブルが遠因にあるのではないかとか、色々考えたものです。
でも、同じ不登校の相談だとしても、子どもの年齢、性別、子どものそれまでの育ち、クラスの状況、担任の先生、これまでの両親の対応など、表に出ている不登校という状態は同じでも事態を理解するために考慮した方がよいことはたくさんあります。目の前の子ども自身と周りを取り巻く状況は、本当に子どもによって異なるので、一人一人を新たな目で見ていくことが大切だと思うけれども、それはかなり意識しないとできないことだなあとも思います。 そういう意味では、『仕事に慣れ過ぎている』状態を経ることも大切なことなのかも知れません。その状態を指摘できる先輩(上司)と、指摘を受けた時の自分が、自分自身を見つめ直すことができるような職場環境がより大切なのかも知れません。
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