今回は、児相と警察のあいだというテーマで書いてみたいと思います。
私は現役時代、児童心理司だったので、今回のテーマである警察とのあいだについては詳しくはありません。福祉司は、管轄の警察との連絡会があったように記憶していますが、その会議に出たこともありませんでした。
2000年の虐待防止法制定前、児相と警察との関係で言えば、非行関係(触法少年:既に法を犯してしまった少年と虞犯少年:このままいくと法を犯してしまう可能性がある少年)の通告があったことを思い出します(もちろん、今でもあるでしょうが)。この頃は、非行関係の通告が事件のあった時から数か月経ってからということも多く、警察から通告があれば、児相としては本人と家族を呼び出しする必要がありました。警察からは児相に行くように言われていたとは思いますが、警察がらみのことが一通り済んでから、児相への通告を伝えられていたと思うので、本人や家族からすれば、今更なんだという感じで児相に来所してくることも多かったと記憶しています。この頃の警察からの通告ケース対応については、先輩から教えて貰ったことがあります。それは、通告内容が本当かどうか、いわゆる冤罪ではないか、を児相は確認する必要があるということでした。そのため、警察からの通告ケースに対しては、初回はまず子ども本人と家族を同席させ通告書の内容を読み聞かせ、その内容が事実かどうかを確認するように言われていました。そこで、本人と家族が事実であると確認できたら、子どもは別室にて面接するという段取りを行っていました。若い頃は、どうしてそういう手順を踏むのか、その意味もあまり考えず、言われた通りの手順で行っていました。今、振り返って考えてみると、警察と児相では、社会的な役割(これは法律的な違いもありますが、社会から期待されている役割の違いもあると思います)の違いがあり、簡単に言えば、警察は犯罪に対応し、児相は子どもに関する相談に応じるということだと思いますが、別に警察を信用していないということではなく、異なる社会的な組織としてお互いに緊張感を持ってというか、確認するべきところは確認しながら組織としての関係を保っていたような気がします。
ところが、と言っては語弊がありますが、虐待防止法が制定されて、その後、子どもの虐待死を含めたいわゆる児童虐待に関するニュースが多くなるに従って、児相と警察が虐待に関する情報を共有するような社会的な期待が高まりました。
2回前の動画で少し触れましたが、神奈川県の場合、虐待ケースとして受理したケースの実に99%(これは令和5年の数字です)は在宅のままです(このうち約10%は一時保護しているのですが、一時保護しても家に帰していることも多く、結果的に虐待受理ケースの99%は家にいるということになります。これは令和5年度の数字です)。とすると、どこまでを「虐待ケース」として警察と情報を共有するかということは、とても難しい問題になります。警察からの虐待通告が激増した背景には、虐待が起こっているかどうかは警察では判断できないので、専門機関である児相で判断して欲しいという警察の判断があったからだと記憶しています。神奈川県では虐待が既に起こったかどうかではなく、虐待のおそれがあるものについては、虐待ケースとして調査する必要があり、調査を行うのは虐待関連の法律でも守秘義務のある機関になるので、虐待ケースとして計上(統計に反映させる)します。ということは、虐待ケースとして受理しても、本当に虐待行為があったかどうかは統計上では分からないのです。
虐待ケースについて警察と情報を共有することは、ニュースに出るような重篤な虐待事例の防止が目的でしょう。虐待のおそれはあったけれど、虐待行為はなかったということもあり、個人情報保護という観点からすると、どのくらいの範囲でどの程度の情報を共有するのかは慎重に検討することが必要でしょう。
私が知っている限りですが、神奈川県では、厚生労働省が作成した「一時保護決定に向けてのアセスメントシート」の中のアセスメント(1~8段階あるのですが数字が少ない方が一時保護の緊急度が高い)を元にアセスメント1~3だったか4だったかを警察と情報共有するケースとし、情報共有の内容も制限していたような気がします(現在は変わっているかも知れません)。
どうしてこの情報共有についてこだわっているかというと、児相や警察という機関は公的な機関であり、虐待防止という目的そのものは必要なことだと思いますが、目的に対して不必要な情報まで共有してしまうことは、公的な機関が私的な領域まで把握してしまうことにつながり、公的機関による管理的な社会に近づいてしまうような気がするからです。特に「子どもを虐待から救おう」といった反対しにくいスローガンのもとで、多くの国民というか県民が知らないうちに児相と警察との情報共有がされてしまうことは、大きな課題であるような気がしています。 ちょっと話が大きくなり過ぎましたが、言いたかったのは、設置目的が異なる公的機関(ここでは児相と警察ですが)が、国民(県民)の認知がないうち(知らないうち)に情報の共有化が進み、私的な生活を管理するような社会には進みたくないと思うからです。虐待防止に反対するつもりはありませんが、一方の当事者である児相の職員が、公務員としてだけでなく、1私人としての感覚も大切にして欲しいという思いもあって今回の話となりました。

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