#51 「共有すること」と「尊重すること」の難しさ

日常のエピソード

先日昼間のTVでDeNAの社長(女性です)にインタビューしている番組(というかある番組の1つのコーナーでしたが)があって、社長は「部下と目標を共有して、その目標に向かうためにどんなことが必要か意見交換する。」と話していました。もともと、この社長は会社組織をピラミッド型ではなく、ボールに例えて社員全員が表に立ち、対等な関係で議論するという組織にしたいと思っているとも話していました。

この内容を聞いていて、(例えば)養護施設のある寮(ユニット)で、ある子どもへの対応について話し合いをする場合、その子どもには課題となる言動があり、その言動を止めさせる方法を検討することが多いのでしょうが、その言動をすることで子どもが何を求めているのか?を検討することは少ないのではないかと思います。分かりやすい例で言うと、幼児が「ウンチ」や「おしっこ」などの言葉を連発する場合、「ウンチ」や「おしっこ」をしたい訳ではなく、職員に相手をして欲しいため(いわゆる「気引き行動」)に連発していると職員が共有できれば、対応はその子どもへの声かけを多くするとか、「ウンチ」や「おしっこ」と言う前に、なるべく遊び相手になるとかということが目標になるでしょう。

しかし、思春期に入った子どもの表現は、より複雑になり、しかも対応職員によって表現を変えたりもするので、子どもの意図(その言動によって何を求めているのか)は、より分かりにくくなります。そのために職員によって、子どもの意図の理解が異なることもあり対応目標を共有することが難しくなるような気がします。

多くの寮は、寮長(複数の寮を担当することもある)、経験のある職員、若い職員で担当していることが多いでしょうから、寮長や経験のある職員の見解を若い職員に押し付ける(というか、若い職員が意見を言えなかったりする)格好になったりします。

また、仮に対応目標が共有できたとしても、目標に向かうための対応は職員によって異なりますし、子どもの反応も職員によって異なる(それまでの関係性も異なる)ので、職員の具体的対応方法を統一させようとする試みは失敗する可能性が高くなります。

方法ではなく目標を共有しようとすることが可能となるためには、その寮に関係する職員は、お互いの対応方法の傾向や子どもとの関係性についてお互いが理解しておくことが大切ですし、そのために日頃から対応の傾向や子どもとの関係性についての情報共有ができるような職員同士の関係性を作っておこうとする努力が大切だと思います。

時々起こるのが、対応目標が共有できたとして、具体的対応方法が職員によって異なることがいけないと感じてしまうことです。それぞれの職員と子どもとの関係性は違うのですから、具体的対応方法が違っても対応目標に向かっていれば、それでいいのですが、その職員の方法を尊重することは難しいものです。特に経験が少ないと、自分が子どもにどう対応するかとか、自分と子どもとの関係を作るのに精一杯で、他の職員の対応傾向や子どもとの関係性を尊重する余裕がない場合も多いのかなあと思います。

職員がお互いの情報を共有し尊重し合うという姿を子どもに見せておくことが、子ども同士の中でもお互いを尊重する姿勢につながっていくのではないかなあと感じた時間でした。

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