2024年の8月に『久しぶりの旅』と題して青森への旅について書いていますが、その前は2023年3月(再任用での最後の年)に長崎の対馬に行きました。2024年は1人旅をしていないので、『今年の抱負?』に書いたように、もし、灯台巡りの旅を再開すると2年ぶりということになります。
話は変わりますが、YouTubeへの投稿は、昨年の年末から1か月ほど休んでいます。私としては、これは休憩だと思い、時々、次はどんなことをテーマにするかを考えていたりします。ただ、これまで40本の動画をアップしてきていて、これからどんなテーマで話すか悩んでいるのも確かです。たまに、40本もアップしてきたのだから、これで終了でもいいんじゃないか?と思うことも正直あります。
でも、YouTubeへの投稿は休憩していると考えたいし、灯台巡りの旅も(回数は減ったとはいえ)休憩中だと思いたい自分がいます。どうやら、「停滞している」と感じてしまうことが自分は嫌なようです。別に、「停滞している」ことが悪いことだと感じる必要はないとは思うし、人によっては「停滞していること」が大切な人もいるかも知れません。しかし、今の自分は前を向いて歩いていたい(歩みのスピードは遅くなってしまうかも知れないけれども)と感じたいようです。前を向いて歩いていないと「停滞している」と感じてしまうようで、止まっている今の自分は、休憩しているのだと思いたいようです。
『今年の抱負?』に、旅の再開を目標の1つに書いたせいで、3月頃には東北や北海道でなく西の方であれば、(おそらく)どこでも行けるだろうと思い始めていて、どこかに行くとなると、灯台巡りでは上り坂を歩くのが必然的な面があるので、歩ける体力が必要だと思って、毎日のようにしている散歩に坂道や登り階段を取り入れようと実践し始めているので、やはり目標があって気持ちがそこに向かうと、それに伴って行動も変わってくるなあと感じている今日この頃です。
これから自分の「老い」と、どう向き合っていくかということが人生の1つのテーマになっていくのでしょう。どんな状態になると、自分がどんな気持ちになっていくのか?「老い」は、不安な面もあるけれど、何を諦めていくと「老い」と付き合っていくことになるのか?まだ、よく分からないけれど、自分の変化を見ていく楽しみな面もあるのかも知れません。
今はまだ身体が動いてくれるので、このような気持ちになれるのだろうけれど、もし、身体が動かくなくなったり、どこかに痛みを強く感じるようになったら、旅は難しくなり諦めていくことになるのかもしれないけれども、もしかしたら、別の何かを楽しみとして見つけるのかも知れません。 YouTubeへの投稿に関しても、いつから再開すると、今は言えないけれど、休憩中(充電中)なので、いずれは再開したいと前向きに考えているところです。
コメント