前回、一時保護所心理士配置時の保護所心理士の苦労について話しましたが、今回は、前回触れたケアとセラピーの違いの話を踏まえて、児童心理司と保護所心理士のあいだについて、再度、話したいと思います。
まず、一時保護所という場所の機能を考えてみたいと思います。一時保護所は、何らかの理由で家庭から離れた方がよいと思われる子どもを、名前の通り一時的に預かる場所です。何らかの理由の中で、最近、最も多いのは虐待されている可能性があるため、本当に虐待があったのかどうかを調査するためや、一時保護の後、どうしていくのかを決めるための間、子どもを預かるという役割です。その他、子どもに家出のような大人が困る行動があり、家での生活を継続していくことが難しい場合や、児相へ通所しているだけでは、子どもの言動がよく理解できない場合、子どもを理解するために行動観察することなどがあります。
厚生労働省によると一時保護の具体例を3つ挙げています。①緊急保護(子どもが保護を求めているとか家出とか)②今後の援助指針を定めるための行動観察③短期入所指導というもので、短期間の心理療法やカウンセリングが有効な場合などという3種類を挙げています。
一時保護という機能は、家庭から離れて24時間子どもを預かることで、子どもの安全を確保し、子どもの状態を見極め、今後、どのような支援が必要かを検討することが大きな役割になります(短期入所指導の場合は短期的に支援を実施することになりますが、それでも一時保護後の支援方針の検討が必要です)。
一時保護の機能のうち短期入所指導を除けば、子どもの安全確保と支援のためのアセスメントということが、一時保護所の基本的な役割と言えるでしょう。
とすると、一時保護所に配置されている心理士の役割は、一時保護機能に貢献することを求められていると思われるので、安全の確保と支援のためのアセスメントのために、心理士としてどのような仕事ができるかを考える必要があるのではないかと思います。
話は変わりますが、ここでケアとセラピーの違いについて考えてみます。おさらいでケアの定義を確認すると、ケアというのは、相手を傷つけず、相手のニーズを満たし、支え、依存を引き受けることで、安全を確保し、生存を可能にすることでした。
どんな一時保護であれ、まずは安全確保をする訳ですから、最初に必要なのはケアなのです。とすると、一時保護所の心理士は、ケアの進み具合というか、セラピーに向かうことができるのかどうかをアセスメントすることが大切な仕事になるのではないかと思います。そのことは、子どもがこれまでにどのくらい傷ついているかをアセスメントするということになりますし、それは、大人への信頼感がどの程度なのかをアセスメントすることと同じ意味だと思います。子どもの傷つき具合は、日常生活を観察するところから始まります。子どもの対人関係の作り方(どの年齢の人との接触に敏感かとか、集団でいる時と個別でいる時の違いなど)、もしかすると意図的に場面を設定して観察することも必要になるかも知れません。一時保護所の指導員は、保護されている子どもが日々の日課をスムーズに過ごしていくための生活指導が基本的な仕事になるので、保護所の担当指導員と相談しながら意図的な場面を作ることが、保護所心理士の仕事の一つになると思います。その具体的な例の一つが、保護している子どもをピックアップして、小さな集団活動をしてみるとか、子どもの年齢にもよるけれども、保護所心理士との1対1で遊んだり、お話したりするという場面を設定してもよいでしょう。1対1での関わりをすると、児童心理司との違いが分からなくなる可能性もありますが、あくまで、その目的は、ケアの進み具合のアセスメントをすることなのでしょう。ここで、セラピーの定義を再確認すると、セラピーは、傷つきと向き合い、ニーズの変更のために介入し、自立を目指す。すると人は非日常の中で葛藤し、そして成長する、というものでした。今、話している対象となるのは、子どもなので、大人を対象としたこの定義にどこまで当てはまるのかは分からない面もあると思いますが、児童心理司は、個別面接の中で、子どもの傷つきをアセスメントしながら、方法はともかく、セラピーへの導入を考えていくのだろうと思います。一時保護所の心理士がケアの具合のアセスメントを行い、それを児童心理司と共有しながら、児童心理司がセラピーを行うというように、言葉で言うのは簡単ですが、実際のところでは、明確に分けることはできないと思います。ただ、保護所心理士と児童心理司は重なり合う部分を持ちながらも、でも、見ようとしているところが違うことを双方が理解し、協働することができると、子どもにとっては、大人への信頼感が増す関わりになっていくのではないかと思います。 ということで、今日は、一時保護所の心理士と児童心理司のあいだ、ケアとセラピーの違いについて、その2ということで話しました。前回の動画でこれまでの振り返りを行いました。今回は、前回の最後に予告しましたが、児童心理司と保護所心理士のあいだでというテーマでケアとセラピーの違いについても触れることができたらいいなと思っています。
私は、第4回の動画で「福祉司・心理司と一時保護所職員のあいだ」というテーマで話しました。その時は、一時保護中の子どもの状態だったり、時期による気持ちの変化だったり、子どもの状態に合わせて職員が気をつけた方がよいことなどを話したと思います。今回は、特に心理の職員(児童心理司と保護所心理士)ですが、に焦点を当てたいと思います。
保護所の心理士については、自治体によって配置されていないこともあるかと思います。私が所属していた自治体では、いつ頃だったでしょうか、はっきりとは覚えていませんが、平成に入ってしばらくしてから非常勤の心理士が配置され始めたように思います。配置当初は、保護所職員も配置された心理士も、そしてこれまでいた常勤の児童心理司も含めて、保護所心理士に何をして貰うのか、明確なイメージはなく、試行錯誤がはじまりました。配置された保護所心理士は非常勤という立場もあり、常勤の児童心理司との交流はありましたが、保護所では一人職場で悩みを相談する相手もいなかったために、保護所心理士の苦悩は非常に高いものがあったと思います。児童心理司からは、「心理」という立場上、児童心理司と同じように日常生活とは別のところで心理的なかかわりを期待され、一時保護所職員からは、心理的なものの見方のアドバイスは期待されていたと思いますが、それだけでなく、夜勤はなく昼間だけいる職員でしたので、日常的な子どもの生活をスムーズに過ごさせていくために、子どもへの制限や注意も期待されていました。ただ、このことは、心理職側からすると、日常生活とは違うところでセラピーを行うことが心理の役割と考えられていたので、心理的役割を期待される保護所心理士としては、いったいどうしたものかかと悩んだことだろうと思います。保護所職員からすれば、同じ保護所の職員なのだから、日中、個別面接をしない時であれば、子ども集団を動かしていくために保護所職員と同じ仕事もしてよねということであり、その期待そのものは的外れなものではなかったと思います。
その頃、私はいわゆる児童心理司とは少し異なった役割の仕事をしていて、一時保護所心理士と話す機会もありました。その頃は、まだケアとセラピーの違いということは意識しておらず、一時保護所の性格から、子どものアセスメントをこれまでの児童心理司とは別の視点で行っていくことや、保護所心理士として固有の仕事(保護所心理士でなければできないような仕事をイメージし。実際には、子どもをピックアップしての集団活動だったと思いますが)を作っていけばいいのではないかと話していたような気がします。
そういう時代から、かなり時間がたち、私も現役ではなくなっているので、現状の保護所心理士がどのような仕事をしているのかは知りません。ただ、保護所心理士のポストがなくなっていないことを考えると、保護所心理士の必要性を、心理士本人、保護所職員、児童心理司が、それぞれ感じているのだろうとは思います。
さて、「ケアとセラピーの違い」という概念というか、考え方を私が知ったのは最近のことです。ネットで検索すると、どうやら「東畑開人(とうはたかいと)」という人の「居るのはつらいよ:ケアとセラピーの覚書」という本を参考にしている人が多いようです。東畑開人さんは、心理畑の人で精神分析を専門にしているようです。東畑開人さんの定義では、「ケアは、相手を傷つけず、相手のニーズを満たし、支え、依存を引き受けることで、安全を確保し、生存を可能にすること」であり、「セラピーは、傷つきと向き合い、ニーズの変更のために介入し、自立を目指す。すると人は非日常の中で葛藤し、そして成長する。」という定義のようです。東畑さんは、沖縄の精神科のデイケアに関わっていた頃に、この定義を考えたようです。そして、セラピーの前にというか、最初にケアが必要と考えているようです。
私は、本を読んでいないので、細かな部分まで理解が及んでいないと思いますが、考え方は共感できると思いました。児相で言えば、虐待されて一時保護された子どもに当てはめて考えると理解しやすいと思います。例えば、身体的虐待を受けてきた子どもが一時保護されたと仮定して、そのお子さんは、保護所で他の子どもと一緒にいる時には落ち着いていても、大人と2人になるような場面になるとパニックのような状態になることが観察されたとしましょう。一般的には、大人と2人になることは、自分だけが注目されるし自分を大切にされると期待できるために、喜ぶ子どもが多いものです。しかし、この子どもの場合、親と2人になった時に暴力を受けてきた経過があったと仮定しましょう。虐待は24時間起きている訳ではなく、大人側の都合によって起こることが多いので、この子どもにとって、大人と2人になってしまうというシチュエーションは、これから何が起こるか予想できず、場合によっては暴力を受けるかも知れないと不安になり、パニックのような状態になってしまうと考えられるでしょう。
こういう状態の子どもに、最初にしなければいけないのは、大人と2人になっても安全であることを感じて貰うことです。そのためには、子どもを傷つけず、ニーズを満たし、支え、依存を引き受けるというケアを行うことで、安全を感じて貰うことが必要です。この状態の時期に、児童心理司が無理にセラピーを行おうとすると、子どもの不安を高めることになります。 時間がなくなってきました。もう少し具体的な話もしたいので、次回は今回の続きをお話したいと思います。前回、ネグレクトが子どもにどのような影響を与えるのかについて書きましたが、今回はネグレクトのことを書いていて思い出した子どもについて書きます。
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