さて、今回のテーマですが「子どもを見立てるということ」ということにしたいと思っています。私は5か所目の児相で初めて係長(神奈川県ではSVと言うのですが)になりました。児相には、毎年実習生がいて(児相の場合、多くは保育実習で一一時保護所がメインの方が多かったですが)児相の心理業務の説明をする必要がありました。その際に使っていた資料の一部が貼ってあります。これは、「子どもを理解すること(のさわり)」というテーマで作った資料です。見ての通り、縦軸が時間軸で時間経過によって、ある子どもがどのように発達してきたのか?という「発達的な理解」を示しています。横軸は、時間軸に沿ったエピソードで、子どもと周囲の人たちとのかかわりのエピソードを示しており、これを私は「関係的理解」と呼んでいました。縦軸はいわゆる成育歴で、何か月で首が座ったとか、歩行はや初語はいつだったかとか、あるいは、幼稚園の時とか小学校の時に、こんなことがあってその時、周囲の人はこんな風に思ったとか動いたとかということで、おそらくどの児相でも成育歴を書く書類があるでしょうし、保護者との初回面接では、子どもに、これまでこんなことがあったといったことを聞くことになるでしょう。
成育歴はもちろん大切な情報なのですが、ここにエピソードを加えていくと、より、その子どもが周囲の人と、どのようなかかわりを持って(あるいは持たされて)成長してきたのかを推測することができます。
たとえば、首の座りや歩行が平均より少し遅く、それぞれの時に(本当に例えばですが)祖母が母親にこの子は成長が遅いねと言ったとします。その言葉を母親は重く受け止め(母親失格のような気持になり)子どもに対してはやく発達するようなかかわり(たとえば療育を勧められたので保健センターのグループに月1回参加していたとか)をしてきたとか、祖母からそうは言われたが、子どもによって成長の仕方は違うのだから、祖母の言葉は気にせず育てていたとか、というエピソードによって、祖母と母親との関係性を窺うことができたり、その関係性の中で母親がその子にどのような気持ちで接していたのかを推測することができたりします。
そして集団参加によって(それが幼稚園なのか保育園なのは分かりませんし集団参加の時期(子どもの年齢)も分からないので何とも言えませんが、)、参加した集団(幼稚園や保育園の)の先生から、お宅のお子さんは、もしかしたら少し発達の遅れがあるかも知れませんねと言われたことをきっかけに、父親にも子どもの発達について相談したが、父親の反応によって両親の子どもへのかかわりが変化したかどうかとか、特に変化はなかったけれど、小学校に入るようになって学習についていけなかったり、友達との関係がうまくいかなかったり、というようなこともあるかも知れません。
お子さんに重度の障害があれば、一般的な発達とはことなるので、ある意味、周囲には分かりやすいけれど、障害が軽度だったり、あるいは知的にボーダーラインだったりすると、周囲には子どもが生きていく困難さの存在が見えにくい場合もあります。結果的に登校できなくなり不登校という状態になることもあります。
今は、知的障害があるかも知れないお子さんのことを念頭に説明してきましたが、これは主訴が非行であったり虐待であったりしても、子どもが周囲の人とどのような関係を持ちながら成長してきたのかを知ることは、子どもの今の状態を知る上では大切な情報になるのではないかと私は思っていました。
ということで、ここで示している「発達的理解」ということは、心理司としては基本となることではありますが、児相のケースとしては「関係的理解」も不可欠であると、私は感じてきました。というのは、子どもの発達的理解だけを保護者に説明しても、その時起こっていること(それが何かは分かりませんが)の説明になっていないことの方が多いと感じてきたからです。それと、児相のチームアプローチとして、どこにどのような働きかけをしていくことが必要かを考えた時、子どもへのアプローチはもちろん大切ですが、保護者や関係機関へのアプローチも、また不可欠な場合が多く、その際の説明にも「発達的理解」だけでなく「関係的理解」が欠かせない視点なのではないかと感じてきまいた。
ということで、次回、この「発達的理解」と「関係的理解」の具体的(といっても研修資料なので、架空の事例ですが)な例について話してみたいと思います。

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