#101 旅すること

日常のエピソード

このブログの中で、私の旅については数回触れてきています。見直してみたところ、ブログでの#35「久しぶりの旅」、#52「私の灯台巡り」、#81「今年の抱負?」、そして#99「旅の再開」という4回です。

これらの中で、私にとっての旅の意義というか私にとっての役割みたいなことに触れているのが#35で、ここでボイスレコーダーを使って、旅の記録と同時に自己カウンセリングのようなことをやっていると書いています。

このボイスレコーダーは、私にとって必需品ではあるのですが、やはり「旅」そのものにも魅力があると感じています。

#52で書いているように日常生活から離れる(この時期は仕事から離れるということと、ほとんど同意味ですが)ことで、いかに解放感を感じられたかということに触れています。日常から離れる解放感というのは、普段とは違う世界というか事態に没頭できることで、脳への刺激が、普段と全く異なる刺激になることで、普段使っていない部分の脳を使うというか、普段とは違う部分への刺激があるというか、という状態になるのだろうなと思います。だから、人によっては別に旅ではなくても、例えばスポーツとか芸術活動とか、その人にとって没頭できることであれば、何でも良いのかもしれません。ただ、きっと大切なのはこの「没頭」できるという状態で、何らかの理由で「没頭」できないと、そのことが気にかかってしまって解放感を味わうことはできないような気もします。

例えば、私の場合、妻と行く旅をすれば、それはそれで楽しいのですが、やはり妻という存在がいると、それなりに気にして動く必要があるので、日常生活から離れてはいるけれども、「旅に没頭」することは難しくなります。その点、1人旅であれば、誰のことも気にすることはなく、旅の内容についても道を間違えてもいいし、行こうと思っていた場所を変更しても自分が納得できていればそれでいいということになり、旅に「没頭」しやすくなると感じています。

「旅」は、実際に行くことも旅ではありますが、「旅」そのものは準備段階から始まっていると思います。まずは、いつ頃どこへ行くのか、それが決まったら、どうやって行くのか、どこに泊まるのか、(仮に)船を使うとすると(今後の灯台巡りは島巡りになりそうなのですが)時間が決まっているので、どの時間の船にするのか、レンタカーを借りるのか、(私の場合は)灯台へはどうやって到達するのか等、検討しなければいけないことがたくさんあります。そういう準備をすることも楽しいのですが、面倒な面もあり、準備することの心理的エネルギーがあるのかどうかも課題になってきます。  退職してからの「旅」は、仕事というよりは、まさに日常生活からの解放ということが主な目的になると思いますが、灯台巡りのことを考えれば、行けそうな場所には全部行ったというような達成感を感じることも目的のひとつになるのかも知れません。退職してからの今後は、経済的な面もあるけれど、今のところ車中泊をしようと思っている自分の旅では、体力的な面がどうしても気になってきます。(体力的に)行けるうちに行っておくということが大切になっているような気がしています。

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