前回「養護施設入所児の自立支援」ということで書きましたが、今回はその続きです。
それでは前回のおさらいを簡単にしたいと思います。本人(A子)は高校3年生。実父母は離婚していて。実父は養母と再婚、弟が生まれています。。実母と本人とは、実父に内緒で連絡を取り合っているという状況もありました。本人に知的な課題はありませんでしたが、高2の頃から遅刻欠席が目立ち始め、何とか高3には進級できたものの、遅刻欠席の状況にあまり変化はなく、職員に対しても反抗的な態度を示すことが多くなり、進路のことを検討する必要もあって、施設から一時保護の依頼があり、特徴的だったのは、施設長から児相に対して書面で本児に対する要望を伝えてくるような状況(前回示した内容)でした。これくらいが、おさらいの内容です。
前回も書きましたが、この事例は私が過去に担当した児童のことですが、内容はかなり変更してあることをご承知おき下さい。
今回は、一時保護後の経過です。一時保護解除となり、施設に戻る車の中でA子は結構饒舌に話しました。その内容は、「これから就職したら野球をなってみたいなあ」とか、「あの車かっこいいよね」というような内容でした。それで、よく聞いてみると、「野球」は昔実父がやっていたということであり、「あの車」というのも実父が乗っていた車だったとのこと。ここで、私はこの発言は何のサイン?と考えました。面接の中では、結構実父に対する攻撃的な言葉が多かったですが、実はそうでもないのかなあと感じながら施設に向かいました。
施設到着前に福祉司からは、施設に到着したら施設長に挨拶してA子はすぐに寮に戻ることになっていると話していました。ところが、施設に到着すると、主任から「では、会議室へ」と案内され、施設長や主任を含めた多くの職員が参加してのカンファレンスを実施するというのです。私は、主任に「A子は、自立へ向けての不安があること。両親への怒りがあること。両親への怒りを十分表現しなければ、将来に向かう意欲が出てこない」ことを説明しました、主任からは「両親への怒りは、これまでも施設で表現してきている、朝、起きてこなくて起こせば反抗するA子に対して。どう対処すればよいのか?など、次から次へ質問を児相に投げかけてきました。施設の職員が困り感はよーく感じました。施設の要求通りにしなければ、この場は収まらないと感じたので、仕方ないと思いましたが、おそらく児相で行った児相長との約束のようなことを施設長とも行うような印象を受けたので、心理である私はその場に参加することを拒否しました。その理由は、施設長の前で約束したことを私も聞くことになり、今後、約束したことはどうなったということを面接のテーマの1つにせざるを得なくなり、私の面接の自由度が低くなると感じたからです。
このあと、私はおおむね月1回のペースで施設に行ってA子との面接を継続することになります。施設に帰ってからは、施設から福祉司へのプレッシャーが少なくなったので、私はA子との面接に集中することになります。
面接の経過では色々ありますが、今日、お伝えしたいのは2点です。1点目は、A子が施設に戻ってから初めての面接で、改めて実父母との過去について聞いてみると、「幼稚園には通っていたが、その頃の記憶がない。ただ、その頃の写真がたくさんあり実父に見せてもらったが、今は実父の所にある」と話したことや、現在福祉施設で働いている実父に対し私が「優しいのかな?」と発言すると「優しいと言われているようだ」と肯定的な反応をしていたことから、実父の所にあるという写真を使ってA子が自分は愛されていたということを確認できないかと考えました。また、写真を整理することが、自分の過去を整理することにつながらないかと期待して過去の写真を面接の材料として用いたことです。
福祉司に依頼して実父に家にある本人の写真を送って欲しいとお願いしました。なかなか写真を送ってくれませんでしたが、依頼から2か月後くらいに10数枚の選ばれた写真が届きました。写真が届いた時、A子はとても嬉しそうだったと職員からの報告があったので、私の1つの見立て(本人は実父に対しては肯定的な面を感じている)は、はずれてはいなかったのかなと思います。
もう1点は、写真の整理をしながら、実父と会うことを提案し実現したことです。これから先、本人が就職できたとしても、その後、どんなふうになるのか全く分からないので、実父との関係をつないでおくことが大切なことだと思ってのことです。実際、本人と実父、私や福祉司との面接は2回実施できました。実父はA子に厳しいことを言っていましたが、結果としてはA子が就職活動していることに満足感を感じた面もあり、関係そのものはつながったのではないかと思っています。
実は、実父から就職はできないが、実父が働く施設でボランティアをやらないかという提案もありました。結果的にA子はそれをすっぽかし、実父は怒り心頭することもありましたが、結果的にA子は就職できているので、保護者としての手続き等には協力してくれたものと思われます。その時期、A子は一方で実母が自分のことを引き取ってくれないかと連絡を取っていたりして、したたかな面も見せていました。最終的に、A子は施設に職員募集をしに来た派遣会社の募集に応募して、そこに就職することになるのですが、就職後は、私が担当することはなくなったので、どうなったかは分かりません。 この事例を通して、施設と児相の子どもに対するかかわり方や視点の違いを強く感じましたし、福祉司と心理の役割の違いについても考えさせられた事例でした。

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